生き方も価値観も、どんどん自由度が高まり、個が輝る「風の時代」を生きる上で、大事にしたいことってなんだろう——。今回は、山形県米沢市でデンマーク発祥の野外保育「森のようちえん」を開きながら、子どもたちの感性教育(ウェルネス)に努める里山ソムリエの黒田三佳さんと、「自分を、今を、そして世界を愛するチカラ(自分力)」の育み方について考えてみたい。
デンマークの続きは山形で
——「里山森のようちえん」を始めたきっかけを教えてください。
私は山形に移住する前、家族でデンマークに暮らしていた時期があるんです。そこで「森のようちえん」に出会いました。その後、日本に戻り、たまたま旅行で訪れた山形の自然豊かな風土に惹かれて移住を決め、居を構えた際に、家の裏に歴史ある里山の森が広がっていたんです。そのことをデンマークの友人に話したら、「森があるなら、ようちえんをやれば?」と言われ、それもいいかもって(笑)。そうして今から8年ほど前に、山形で「里山森のようちえん」を始めました。
現在は世界各地にある「森のようちえん」ですが、もともとはデンマーク発祥で、フラタウさんという方が自分や近所の子どもたちを集めて、森で遊ばせていたことからスタートしました。「ようちえん」と謳っていますが、何かを教え込むというスタイルではないため、規則やカリキュラムなどはなく、森の時間と空間をみんなで楽しむという、自由度の高いコミュニティです。
デンマークでは、大人と子どもの間に上下関係はなく、幼い頃から子どもも「一人の人格」として尊重します。また、相手に自分の価値観を押し付けるといった雰囲気もありません。こうした「フラット」な人間関係こそが、「森のようちえん」の誕生に繋がっている気がします。
否定せず、ありのままを受け止める。
——「里山森のようちえん」で大事にしていることは何ですか?
子どもたちと過ごす時間、子どもたちが感じる時間……今そこにある時間を大事にすること。そして、子どもの個性を否定せず、ありのままを受け止めることです。
例えば、森で遊びたい子、手前の原っぱで遊びたい子、それぞれのスタイルがあります。そんなとき、「今日はみんなで森に行くんだから!」と大人の都合で無理強いはしません。森に行かず、原っぱにいたからこそ、そこで拾った石の裏に虫がいるのを見つけて、「見て!こんな虫がいたよ」と教えてくれる子もいます。その発見を「すごいね!」と認めてあげること。そうした何気ないやりとりの積み重ねが、自己肯定感を高めてくれるはずなんです。
——活動を通し、子どもたちからどんなエネルギーを感じますか?
「自分はこれでいいんだ」と思っている自信のようなものを感じます。それはきっと、ありのままの自分を受け入れてくれる場所(森のようちえん)がある安心感から生まれるのでしょう。だから、ボランティアの先生たち(薬剤師さん、養護学校や元幼稚園の先生、農家の方などユニークな面々が協力してくれます)にも、「その子に合った対応をしてください」とお願いしています。
——もしも、子どもたちの間でトラブルが起こった場合はどう対処するのでしょうか?
不思議なことに、あまりトラブルは起こらないんです。自然に身を置いて、リラックスして過ごしているからかもしれませんね。もし起こった場合にも、その行為を否定はしません。この「否定しない」は、森のようちえんの暗黙の了解でもあります。例えば、お友だちのものをとってしまったら、「そっか、ほしかったんだね」と、まずはその子の気持ちを受け止めるようにします。
LESS IS MORE 〜より少ないは、より豊か〜
——東京出身の黒田さんが、誰も知り合いのいない山形に移住し、一から「里山森のようちえん」を創り上げたことに驚かされます。
「いいな」と思ったから山形に移住し、家から続く森があったからようちえんを始めた。その時々の自分の「心の声」に従ってシンプルに「今を生きる」。それで良い気がするんです。何かアクションしようと思ったときに、不安になったり、心がざわついたりするのは、あまりにも理由や保障を求めすぎているからではないでしょうか。あるいは、まわりの情報や空気に流されていたり……。
私の家の裏手にある森は、もともと歴史ある里山の森だったそうですが、移住したときには荒地になっていました。自ら草を刈り、森に入り口を作りました。すると人が訪れるようになり、道ができて、多くの人が通るようになったんです。そして今や、子どもたちが遊ぶ「森のようちえん」の舞台に。すべては自然と繋がっていくんです。だからこそ、「今」を大事に、ありのままの自分を受け入れながら歩んでほしいと思います。
——そのようにリラックスした考え方ができるようになったのは、山形に暮らしてからですか?
あまり大きくは変わっていませんが、山形に移住してからはより強く「LESS IS MORE(より少ないは、より豊か)」を感じるようになりました。そしてこれは、クリエイティブの基本だと思うんです。「森のようちえん」も然り、ないから創ったわけで。都会はどうしても情報過多になりがちで、「外見やその人の身につけているブランド(服装や肩書き)」で人を判断しがちですが、山形で自然と触れ合いながら暮らしていると、何のジャッジもない「ただある、ただいる」というシンプルな受容を心地良く感じます。
——移住して約20年、今では「里山森のようちえん」をはじめ、里山の魅力を伝える「里山ソムリエ」、地方創生など、活動の幅がどんどん拡がっていますね!
不思議ですね……。振り返ると、これまで「これをやろう!」といった目標はとくに決めずにやってきました。自然な流れに身を任せながら、自分にとって「気分が良いこと」を選んで進んでいたら、ご縁のあるネットワークと繋がり、さまざまな活動ができいるという感じ(例えば、週に何度か開いている「森の英語教室」も、「英語を話せるなら孫に教えてくれ」とおじいちゃんから頼まれて始めました。60名ほどの子どもたちが通っています)。難しいことはあまり考えず、目の前にある具体的なことから少しずつ始めていけば、どんどん可能性は拡がっていく気がします。
「ありのままの自分を受け入れる」ために
——これから「里山森のようちえん」でやってみたいことはありますか?
自然な形で「このまま」やっていけたらいいかな。というのも、まずは大人が「これで(今のまま、ありのままで)いいんだ」と〝感じる〟ことが大事だと思うんです。
——「ありのままの自分を受け入れる」頭ではわかっていても、素直に感じることはなかなか難しい……(涙)
私も山形で自然と触れ合いながら暮らすうちにできるようになりました。「私はこうしたい」という思いは誰しもあるし、時にはまわりまで支配したいという気持ちをもつかもしれませんが、雄大な自然と対峙していると「ありのままを受け入れる」という選択肢しか存在しません。そういう意味では、「森に暮らす」ことが、私のライフスタイルの根幹になっていると改めて感じます。他の何者でもない、「森に暮らす」私だからできる、それが「里山森のようちえん」でもあるんです。
そのいのち、おかげさま。
——「里山森のようちえん」のように、子どもたちの「愛するチカラ(自分力)」を育む活動がもっと拡がっていくことを願っています。
自分も、相手も、自然も大事。自分の軸だけで人を判断しない。自分が自由に自然体で生きていくためには「命を大事にする」など忘れてはいけないことがいくつもある。そうした生きる知恵を伴ったやさしさを、「森のようちえん」の活動を通して子どもたちに伝えながら、世の中にポジティブな循環を生み出していけるといいなと思っています。「おかげさま」「お天道様が見ている」といった、里山コミュニティならではのコミュニケーションも一緒にね(笑)。
——最後に、黒田さんが考える「愛するチカラの育て方」とは?
「愛するチカラ」は、愛されてこそ育つのだと思います。そして、「愛されている」と感じることもまさに〝自分力〟ですよね!私は、「愛すること」と「愛されること」は、どちらが後先ということはなく、一人の人間の中で同時に起こっていると思うんです。今ここに生きているということは、愛されているということ。だったら、自分や相手、世界(自然や身の回りにある物まで)すべてを愛しましょうと。
自分が無条件に「愛されている」と感じるためには、自然の中に身を置くなど、一旦情報から離れて自らを受け入れる静かな時間をもつ必要があると思います。そうすることで、感性が研ぎ澄まされ、そのアンテナが〝サードパーソン(人、知識や価値観など)〟との新たな出会いをキャッチしてくれるはず。そうして新しい世界を知る中で、私たちは自分が「愛されている」かけがえのない存在であることに気づいていくのでしょうね。
今ここに生きているということは、愛されているということ。
取材・文=中山理佐
黒田三佳さん
東京生まれ。たった一度旅で訪れた山形県米沢市に、デンマークで暮らした後移住。2001年より歴史ある里山の森に暮らす。子育てをしながら人材育成事業を立ち上げ、企業での人材育成と子どもの英語教育を行う。森での幼児教育(里山森のようちえん研究会)、大学での留学生の教育、地域創生や移住、家庭教育、観光、国際交流など、さまざまな分野に関わる。自宅を解放し「里山マーケット」「東北北欧な暮らし展」など様々なイベントを創生。地元コミュニティFM 放送局(エフエムNCV 83.4MHz おきたまGO !)「STEPS~里山ソムリエな日々~」パーソナリティー。元国際線客室乗務員、修士(工学)、里山ソムリエ(商標登録)。Instagram
※掲載画像は、黒田さんよりご提供いただきました。