【MY STORY】デザイナー・伊澤良樹さん「ありのまま、という名のサステナブルライフ」(後編)

「コム デ ギャルソン」や「ウォルト・ディズニー・ジャパン」といった、誰もが知る世界的ブランド・企業で長年、デザイナーとして活躍してきた伊澤良樹さん。そんな彼が突然、華やかな東京という舞台から離れ、人口わずか7000人ほどの熊本県小国町へと移住したのは2016年のこと。一人も知り合いのいない未開拓の地で、新たに築き上げた「ありのまま」という名のサステナブルライフ。「満たされている」と穏やかな笑顔で語る彼の背から、「生」なるクリエイションを学んでいこう。


自分らしい「サステナブルライフ」の創り方

——伊澤さんにとって「サステナブルライフ」とは何でしょうか?

サステナブルって、「よしやろう!」と意図的に始めるものではなく、日々の生活を重ねる中で自然と湧き上がってくる感覚的なものだと思います。例えば、「木から葉っぱが落ち、腐敗して、水になり、それを飲む」という自然のサイクルも、実体験なくしてその尊さはわからないはず。最近、地下から水を掘って、毎日それを飲んでいるのですが、ミネラルウォーターの水がまずいと感じるほどに美味しい!自分が摂取するものと土地が繋がった感動を覚えました。それと同時に、環境問題を改めて意識するようになったんです。自分が捨てるもの、浮遊する化学物質……。それらが循環して、また自分の元へ戻ってくるわけですから。

自然に囲まれた森の中での暮らしぶり

——それは貴重な体験ですね。そういう意味では、現代の都会人たちがサステナブルの本質を理解することは、なかなか難しいかもしれません。それでも、住む場所に捉われず、伊澤さんのような「サステナブルライフ」に近い感覚を味わうためには?

自然体験のように五感を研ぎ澄ませるという意味では、瞑想や禅が近いかもしれません。あとは、家庭菜園で育てた野菜を食べてみたり、週末キャンプに行ってみたり、なるべく自然と繋がる機会を多くもつことだと思います。

100年後も世に残るデザインを

——デザイナーとして、これから取り組んでいきたいことは?

これからは、直感的でより自然なデザインをしたいです。これは、人間が商業主義上、意図的に作り出した環境(景観)を、デザインの力で自然の形に戻す作業だと思っています。

——それは、具体的にどんなデザインでしょうか?

例えば、最近、僕が手がけた「英彦山巡礼路」(福岡県)のシンボルマークは、「自分たちが死んでも100年先に残るデザイン」がひとつのテーマでした。古くから山伏の巡礼路として知られる「日本三大修験道」に掲げる上で、風景を邪魔しない、時間軸に耐え得るデザイン……。随分と悩んだ末、これはもう自分の意識下では創れないと悟ったんです。一度自我を置いて、自然からインスパイアされてデザインするしかないと。結果的に、この地の神話に登場する三羽の鷹をベースに、生命の循環をイメージしたシンボルが生まれました。飾らない自然に馴染むデザインこそが、普遍的な価値に繋がると学んだ経験でしたね。

英彦山巡礼路のシンボルマーク

日本人のDNAに息づくサステナブル精神

——そのように、タイムレスで価値のあるものは、サステナブルでもありますよね。

ファッションの話をすると、日本の「着物文化」がまさにそれを象徴していると感じます。おばあちゃんの着物を大事に、孫の代でも着るみたいな。ファッション業界でサステナブルというと、今の時代は「再生ポリエステル」のようなやさしい生地開発や、海外から仕入れたエコ素材に頼りがち(輸送のコストや環境ダメージを考えると全然エコじゃない!)。もちろん、それもひとつの方法ではありますが、何代も受け継いでいけるような「本物」を創ることが真のサステナブル。人間が生み出す、持続可能なプロダクトの原点はそこにあるのではないでしょうか。

——「サステナブルなファッション」も流行っていますが、上辺だけの「ファッションとしてのサステナブル」で終わらないようにするためには?

僕たちが今やっているサステナブルは、ほぼ欧米からの受け売りですよね。でも、もともと日本人の中には、「着物文化」のようなサステナブル精神が息づいているわけで。わざわざ外側から取り入れなくても、持っているものを取り戻すというシンプルなやり方で良い気がします。

人生とは「自分なくしの旅」

——そういう意味では、原点回帰・簡素化すると見えてくる大事なものってある気がします。

僕たちはずっと、社会の中で「自分はどうあるべきか?」みたいな、他者を意識した教育を受けてきたけれど、これから必要なのは、その真逆にある「自分なくし」みたいなフラットで自由な感覚だと思うんです。とはいえ、僕自身も未だに人の目は意識してしまいがち……。そういう、都市部で身についてしまった鎧を剥がす作業を、阿蘇で今やっている最中です。

——それはいわば、「生まれたままの自分」に戻っていくような感覚でしょうか?

近いかもしれません。森の中での暮らしは、自分以外に動物しかいないので、良くも悪くも自分と向き合わざるを得ない。これはとても辛く苦しい時間ではありますが、同時に、ありのままの自分でいられる幸福も多く感じています。

伊澤さんのお気に入りスポットのひとつ「草千里」

——まさに「生きる」をクリエイションしている感じですね!「生」の感度を高くするための秘訣はありますか?

みんなに共通して言えるのは、旬のものを頂くこと。「食」は生の営みの中でもすごくクリエイティブだし、自然とすぐに繋がれる方法ではないでしょうか。近所のスーパーに並ぶものでもいいから、その時期ならではの食材を買って、自分で調理して食べる。旬を体に取り入れることが「生」の感度を高めるひとつのポイントになると思います。

——それを聞いて、クリエイティブなレストラン「NOMA」のシェフ、レネ・レゼピの言葉を思い出しました。「食べることは、世界を体内に取り入れることだ」って。伊澤さんも料理はしますか?

料理は好きですよ!冬場は鍋ばかりですが(笑)。寒い季節には、旬の食材×発酵調味料で免疫力アップをしていきたいですね。

自然と生き、自然を生む。

——ここまで、サステナブルを中心にお話を伺ってきました。最後に、伊澤さんの「ウェルネスタイム(自分を愛する時間)」を教えてください。

毎朝、数分ですが自分の山を歩く時間が好きです。同じ道なのに、不思議と毎回違うように感じる。今の時期だと、落ち葉を踏みしめるサクサクとした音や足裏の感触を五感で味わっています。

——なんだか、自然とのデートみたいな時間ですね(笑)。

東京に住んでいた頃、よく明治神宮に行っていました。あそこは、都心なのにタヌキが出るくらい、自然の生態系が整っている最高の森なんですよ。歩いていると、山の散歩に近い感覚が得られます。本多静六さん(林学者・造園家)が植樹デザインをしているのですが、明治神宮の森を歩くと人間が自然を生み出せるんだ、ということに毎回感動します。自分がこの世を去ったあとも、後世に長く残るものを——。この「鎮守の森」のデザイン精神こそが、僕の究極の憧れですね。

街を歩きながら、「変化しないもの」探しをしてみる。例えば空や雲といったように。もしかするとそれが、サステナブルなライフスタイルを考えるヒントに繋がるかもしれない。「いまを大事に」帰り際にそう言って、彼は笑った——。

取材・文=中山理佐

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クリエイティブディレクター / デザイナー 伊澤良樹さん

1978年東京都生まれ。コム デ ギャルソン、ウォルト・ディズニー・ジャパンのデザイナーを経て、2016年に拠点を阿蘇に移し東京と九州の2拠点で活動をスタート。地域や企業のブランドイメージの設計から運用に至るまでのトータルディレクションとデザインを手掛ける。主な仕事に東宝「ゴジラ」の海外国内向けブランド構築のクリエイティブディレクション、スタジオ地図10周年事業のクリエイティブディレクション、小国町森林組合のブランド戦略の企画・デザイン、阿蘇小国ジャージ牛乳パッケージデザインなど。

<INFORMATION>

阿蘇の草千里でsouvenirプロジェクトを立ち上げました。

「スーベニア(souvenir)」=「記憶を保存するためのもの」

阿蘇の記憶を保存し、持ち帰ってもらう。

おみやげの概念を考えるプロジェクトです。

ASO souvenir

※掲載画像の一部は、伊澤さんよりご提供いただきました。

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